三菱化学、昭和四日市石油、東ソー、
JSRなど、四日市港を中心に広がる
四日市コンビナートの風景や夜景を
紹介しています。

 四日市コンビナート周辺の風景

遊覧船いなば2

四日市港霞ケ浦浮桟橋に係留されている遊覧船「いなば2」。

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平成18年4月1日に、母港を四日市港とすることや港内遊覧などの履行義務を契約、協定書に盛り込んだ上で、26,757,000円(税込み)でセラヴィに売却されました。

しかしその後、セラヴィの経営が悪化し、遊覧義務を果たすことなく、市に無断で第三者にいなば2を転売してしまいました。

上の写真は、行く方がなくなってしまったのか、四日市港霞ケ浦浮桟橋に係留され続けているいなば2の図なのです。

その後、四日市市が、平成19年7月から港内遊覧義務を果たしていないセラヴィの契約違反を問うことなく、転売先の第三者に対して、現在係留中の四日市港霞ケ浦浮桟橋からいなば2を撤去するよう口頭で申し入れていたのを受けて、平成20年7月29日午前8時45分ころ、タグボートに引っ張られて同浮桟橋から撤去されました。

行き先については、市政策課は「四日市港を出ていったが、行き先までは知らない」とのこと。

どこに 行ってしまったんでしょうかねぇ。。。


DSCF1141k.jpgいなば2は、上の写真でわかるように双胴船でした。

2度ほど乗船したことがありますが、乗り心地は結構よかったです。




ロングビーチ通りの南端から

ロングビーチ通りの南端、野球場を通り過ぎた辺りからみたコンビナートの風景です。

DSCF1132k.jpgここからだと沿岸沿いのコンビナートがず~っと見渡せます。

右側の高い煙突は東ソーのもの、
中央部にいえる四角い、白いビルは、四日市港ポートビルです。

左手遠くに 遊覧船「いなば2」がとまっているのがみえます。


霞ヶ浦パークブリッジ

霞ヶ浦パークブリッジは、国道23号線の大正橋のすぐ隣にかかっている橋です。
平成9年8月に竣工されました。
海蔵川にかかっています。

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上の写真の左下にチラッと黄色と黒色の縞模様のゲートらしきものが写っていますが、このゲートは夜間しまってしまうため、日中しかこの橋を渡ることはできません。


DSCF1122k.jpg霞ヶ浦パークブリッジの全景です。
ほんとに、すぐ隣に国道23号線が走っていますね。

この橋の両岸は、「工場萌え」な人々にとっては、有名なスポットになっているらしく、遠くは東京からコンビナートの夜景をとるためにやってくる人もいるようです。

霞ヶ浦パークブリッジの南側の岸からは、こんな感じに協和発酵ケミカルのプラントが良く見えます。

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海蔵川

海蔵川(かいぞうがわ)は、三重県北部を流れ二級水系の本流で、流路延長は約19km。

三重県三重郡菰野町に源を発し、三滝川とほぼ平行に四日市市を流れ伊勢湾に流れ込んでいます。

DSCF1118k.jpg昔、伊勢湾の魚や貝を漁夫や海女が漁りした、海産物を納める海蔵が浜辺にあって、そこへ流れ入る川が海蔵川と呼ばれるようになりました。

ちなみに阿倉川の阿倉は、以前に 海蔵が「あくら」になり、「阿倉」の文字が当てられた名残だと思われます。



中部電力、東ソー、協和発酵を結ぶパイプライン

海蔵川の河口をまたいで、東ソー、協和発酵ケミカルと中部電力を結んでいるパイプライン。

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おそらくこのパイプラインを通して、中部電力火力発電所にLNGが供給されているのだと思います。



三滝川

三滝川は、菰野町と四日市市を流れる二級水系の本流で、流路延長は約23km。

御在所岳が源で、源流付近の三つの滝、蒼滝、潜戸の滝、百間滝が名前の由来とされています。

以前は、三重川として知られていて、広重の東海道五十三次の四日市宿にも描かれています。

写真は、大正橋付近から撮った三滝川。
伊勢湾に注ぎ込むちょい手前です。

DSCF1106k.JPG向こうに見えている橋は大協橋です。


三滝川の北側の川沿いには、ずっとコスモ石油四日市製油所が続いています。

DSCF1107k.JPGこんなかんじで、ずっと。

コスモ石油が終わると、そこは、もう伊勢湾です。




潮吹き防波堤のレプリカ

稲葉三右衛門によって作られた旧四日市港を1893年に改修したさいにオランダ人土木技術者デ・レーケの案で作られた潮吹き防波堤のレプリカ。

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この潮吹き防波堤は、波が当たると海水を噴出したことから、この名前が付きました。

上の写真のレプリカは、旧四日市港の公園の中にあって、多分小学生の社会見学の際に実際に稼動させているんじゃないかと思います。

ちなみに下が、本物。

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稲葉三右衛門君彰功碑

DSCF1086k.JPG稲葉三右衛門(1837-1914)は、幕末から明治初期の回船問屋で、私財を投じて四日市港を整備した偉人です。
周辺住民の反対など様々な困難を乗り越えて、現在の四日市港の礎をつくりました。
JR四日市駅前には銅像も建てられています。


四日市旧港

四日市の発祥の地といっても過言ではない四日市旧港。

DSCF1094k.JPGコスモ石油の白いタンクがたくさん見える向こう岸の堤防が「潮吹き防波堤」とよばれるもの。
よくよく見ると下の写真のように堤防にたくさんの穴が開いています。

DSCF1095k.JPGこの潮吹き防波堤は、断面にすると2コブらくだのように大小2つの山になっていて、港外からの波をまず小さな堤で弱め、次ぎに大きな堤で受け止めて、小さな堤と大きな堤の間の溝にため、大堤にあけられた穴(上の写真の穴のことです。)から、港内に噴出す仕組みになっています。

波が当たるたびに穴から海水が噴出したので、潮吹き防波堤と呼ばれるようになりました。

この仕組みは、オランダ人の土木技術者 デ・レーケの考案によるもので、世界的にも非常に珍しい構造で、四日市を代表する文化遺産の一つです。



内部川

内部川は鈴鹿川の支流で、塩浜大橋のところで鈴鹿川と合流しています。

DSCF0633k.JPGのサムネール画像この内部川が旧東海道と交わる采女には、三重県名の由来ともなった杖衝坂(つえつきざか)があります。

この杖衝坂は、昔ヤマトタケルが、東征の帰途、伊吹山の神との戦いで病に倒れ、弱った体で大和帰還を目指して剣を杖代わりにしてこの急坂を登り、

    『吾足如三重勾而甚疲』 (わがあしは みえのまがりのごとくして はなはだつかれたり)
    -- 私の足が三重に折れ曲がってしまったように、ひどく疲れた --『古事記』

と言ったとされていて、これが「杖衝坂」と「三重」の名前の由来となりました。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用しました。)



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