三菱化学、昭和四日市石油、東ソー、
JSRなど、四日市港を中心に広がる
四日市コンビナートの風景や夜景を
紹介しています。

当サイトについて

当サイトについて

皆さんこんにちは。
「四日市コンビナートの風景」にアクセスしていただき、ありがとうございます。

管理人のわたなべです。

私は、四日市で生まれ、一時期を除き、ずっと四日市の周辺で生活してきました。

みなさん、四日市は、ご存知ですよね。
小学校の教科書に、水俣病、イタイイタイ病とならんで、「四日市ぜんそく」ってかならず出てきますから。
そういう意味では、「四日市」は、あまり良いイメージないですよね。

正直なところ、私も、自分の故郷でありながら、どこか四日市という街を好きになれずにいました。
四日市の象徴の一つであるコンビナートについても。

ただ、あるとき、ほんの数年間ですが、四日市をはなれて生活する機会に恵まれ、改めて自分の故郷を見つめなおしてみる期間を得ることができました。

たしかに四日市には、コンビナートがあり、大気汚染で街も汚された時期があった。
けれど、私の子供の頃でさえ、コンビナートから、自転車で15分も走れば、蛍を見ることができたし、ある程度の条件が整ったときだけではありますが、天の川を見ることもできた。

「大気汚染」、「四日市ぜんそく」で、「普通に呼吸もできないような街」というようなイメージの四日市だけれども、工業地帯を少し離れれば、よくある田舎の風景が、広がっていた。

そして、気が付いたのです。
「コンビナート」という部分は特殊だったかもしれませんが、それ以外は、四日市も、よくある日本の一地方都市にすぎない、そんな、極めて当たり前の事実に。

当たり前の事実に気が付いて以降、たしかに対外的なイメージはよくないかもしれないけれど、私の故郷:四日市やを必要以上に卑下する必要はないんじゃないかと次第に思えるようになってきました。
そして、コンビナートも。

四日市は、コンビナートにより、大気を汚染され、公害を引き起こしたのは事実です。
ですが、一方で、コンビナートによって発展した、これもまた事実なのです。

しかし、最近では、世界的な工業事情の変化により、日本国内における化学工業の重要性も変化し、四日市のコンビナートの活力も次第に失われてきました。
そして、それに伴って、四日市という街も次第に活力を失ってきたようです。
そんな風に、私には感じられます。

そんな中、改めて、一時代を築き、今、老朽化しつつあるコンビナートの施設を見つめなおしてみたとき、最近になってからではありますが、なにかしらの「美しさ」を感じることができるようになってきました。

それは、「滅びの美学」のような、どこか否定的な意味を含んだ「美しさ」ではなく、どこかしら「再生」の意味を含んだ、僅かであるのかもしれないけれど、たしかに前向きな「美しさ」を、です。


四日市という街は、今、まさに生まれかわろうとしている最中なのかもしれません。

そして、その四日市の一時代を支えてきたコンビナートは、羽化の前の蛹の殻を象徴しているのかもしれない、そんな風に思えるのです


そんな、変化の胎動をひめた四日市の今を、四日市なりの自然を、四日市ならではの風景を いくらかでもお伝えできればと思い、このサイトを作成しました。

私は、プロのカメラマンではありませんので、撮影する写真は拙いものばかりではありますが、僅かでも、なにかしらの思いを、このサイトを訪れてくれた方の胸に残すことができれば、幸い この上なしと思います。

そして、我が街、我が故郷 「四日市」を少しでも好きになっていただければ、さらに、幸い この上なしです。


なお、このホームページに記載してある内容は、私の経験や知識によるもので、極力正確を記したつもりですが、必ずしも事実が正しく記載されているとはかぎりません。あくまで参考程度にとどめてください。
ですので、このホームページ内の情報を見て、あなたが実行したことに対する責任は負うことはできません。必ず自己責任ということでお願いします。


お問い合せ先

お問合わせは、こちらのメールフォームよりお願い致します。



TOPPAGE  TOP